谷博士がコンスタンツア市民病院附属 エイズ児療養のポスクラ施設で、初めてこの重症のエイズ症状を持った少女Sali Sibelを診察したのは、1992年3月 サリ-が3歳のときだった。 そしてこのときから、谷博士の生薬を用いた治療がはじまった。
その頃から エイズ脳症の症状が表れはじめ、4歳の時には歩行不能になってしまった彼女だが、その病状を裏付けするように 1995年5月のCD4は150の低値になっていた。しかし、引き続き長白散とアストルヨーグルトを服用し続けていたが、その後急速に全身の症状は回復にむかい、1996年4月にはHIVの抗体(Elisa,WB確認テスト)の(-)化、CD4も1212に上昇して 全く正常になり 知能も次第に回復して現在では普通の子供達と一緒に、私共の基金より寄贈された「明日の家」で元気いっぱいに暮らしている(取材に行ったスタッフも驚くばかりの元気ぶり)。1997年8月以降、2000年6月に至るまでの4年間計8回にわたる検査でも 血清中はおろか白血球内のヴィールス(provirus)も見つからず、その後もこの状態が続いている。 サリーは学校の成績も徐々に上向き、今では普通の子供と一緒に勉強するようになった。これこそ正しく奇跡の回復 "サリーの奇跡"と言うべきでしょう。 以下にその検査成績の経過を示します。
s.s. (♀, 9 years old)
infected by transfusion
CBS, Astol (prime natural treatment) were started at 1993, March

